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ぼんやりっ子、人生の勉強をし始めた。

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しっくりくるところ

2018 - 04/15 [Sun] - 22:47

陰謀論→アセンション→スピリチュアル→ヘミシンク→日本神界→精神学…と

学び難民みたいな数年間を過ごしてきたものの、全部知識としては繋がっていて、一つ学んだら次の課題、とステップを踏んで勉強してきた…と、思う。

いろいろ並行して学びながら、必要なところは必要なだけ。
できそうなところは、ちょっとずつ。
分野が分野だから、そんなに誰かと話すわけでもなく、静かに、こっそり、ひっそり。

昔は神社が嫌いだった。母がいきなり柏手を打ち出して太陽を拝みだしたりして、なんとなくカルト的な行動をやり出したのが一番嫌だった。なんだ、『朝に感謝、夕べに感謝』って。急に信心深さを見せたって何が変わるっていうんだ白々しい。と軽蔑の目を送った覚えがある。
いきなり白々しく神頼みをするのが嫌いだった。一神教と日本の神がごっちゃになってしまっていたのも良くなかった。

世界を作ったという神が万能ならば、なぜこの世はここまで荒れている。この世界のどこに神がいる。
世の中の大人も社会の仕組みもクソばっかりじゃないか。

と、半分怒りのような思いをもっていたので、とりあえず神様が嫌いだった。何をしているのかも分かっていなかったから。誰かが参拝していても、ふーん、といった調子で。(若かったなぁ)

最近はそうでもない。以前の記事に書いていたような気がするが、神社仏閣での過ごし方についてヒントを得たころから、感覚が変わったように思う。

たぶん、熊本地震から半年ぐらい経った頃だったか、山梨で仲良くなったスピリチュアル仲間と九州旅行に行ったころから、ちょっと風向きは変わり出した。
日本最古の神社と言われている幣立神宮に、全員スーツできっちり正装して正式参拝したのだ。
晩秋の澄み渡った空気に、しんと静まり返った境内。大きな御神木。あちこちの水田に清流が流れ込んでいて、まるで異世界に束の間迷い込んだような体験で。畏敬の念に打たれて自然と手を合わせた。

神社にお参りする時は、何処の誰なのか、神様にきちんと名乗ること。
願い事をする時、願い事がない時も、まず、自分よりも先に、自分より大きな範囲の幸せと繁栄を祈ること。
そして最後に、神様に自分の願望成就について相談をするように。

神社と日本神界について学び始めたころ、そう教わった通りに。

――大阪から来ました、ふゆです。本日は遠く離れたこの場所に参拝する機会をいただき、ありがとうございました。いつも日本をお守りいただきありがとうございます。今日も、神様と日本の皆々様が弥栄ましますように。幸せでありますように。

特に願い事はないので、それで終わり。
祈り終えたちょうどその時、ぱらり、と、頭上から乾いた音がした。

全員がはっと息を呑んで見上げると、自分たちがいる場所の上にだけ、風もないのに、ひらひらはらはら、と十数枚の枯れ葉が優美に舞い降りてきた。朝日の木漏れ日と相まって、何とも言えぬ美しさだった。言葉もない。涼やかで静謐な空気。とっぷりと注がれた神気。とろけた心地。ど素人でも分かった。今、神様がいたね、と誰かが言った。

神は人の敬によりて威を増し

  人は神の徳によりて運を添ふ


たぶん、この言葉がいちばんしっくりくる。

その日、祈りに答えはあるのだ、と知った。

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久々の明晰夢

2018 - 04/15 [Sun] - 17:03

鮮明な夢を見た。


1.
なぜか私は軍人だった。
軍曹のオネエな先輩と、宝探しだ!とルビーの塊を泥の中から掘り起こしていた。
アジの生け簀みたいな養殖ルビーだったのか、赤というよりは薄いピンクだった。
細長いティッシュ箱ほどの塊がとれた。それを、向こうからきた老婆が横から掠め取っていった。
別に怒ることもなく、ああ彼女は貧しい心の持ち主だったのだと、
寂しそうな背中を見送った。また掘ればルビーはとれるからいいや。

この中で当たると嬉しい景品は?というWEBのアンケートに答えてほしい、
と先輩にお願いされたので、その後一番欲しいと思ってとりあえずチェックを入れたものを
誕生日の贈り物として渡された。(なぜか高級化粧品セットだった。肌のケアがしたかったらしい)
そして上司からそのオネエの元に「おまえに任せた! 責任もって世話しろよ!」と放り出されてキャッチされた。

嫁入りの話だった。いや、決定の仕方が雑にもほどがあるだろうと突っ込んだ。

やたら広いトイレで用を足そうとズボンを下ろしかけたら、主護霊にドア口から見降ろされていてドアが閉められず用も足せない
というアホな終わり方をした。奴は何がしたかったんだろう。しばらくして気が付いたようで、「ああ、悪い。ゆっくりしとけ」とドアを閉めてくれた。何だったんだ。

2.
洞窟?地下?の空洞を駆け回り、蛇の怪物から人々を守る夢を見た。
これは、ゲームなのだろうか。ログインという概念があるような気がする。
たぶん寝落ち前に読んだWeb小説が影響している。
あと友人に巻き込まれるようにして始めたテーブルトーク型のロールプレイングホラゲーか。

一回蛇の怪物を倒して封印したのは覚えている。
その後、蛇にかどわかされて悪落ちした異能少女が空洞を広げ、怪物から逃げられる安全地帯をなくした。
彼女の企みに気が付いた時には全てが遅かった。
12時に動き出した怪物。20分後にスタートした攻防戦。しかしあまりにも強すぎて負けてしまう。
何度も繰り返される戦い。どうすれば彼らを救えるのかを、夢の中で問い続けていた。

20180415

2018 - 04/15 [Sun] - 16:49

最近いろいろと勉強していったりする中で、気づいたことがある。
今まで書いてたブログは、きっと自分の何か承認欲求のカタマリだったなぁと思う。

いろいろと辛かったのだ。心がいつも満たされずに悲鳴を上げていたというのか。

ただ、思ったままに書くことと、人に気を使いながら書くことと。
いや別に今まで人に気を使っていたとはとても思えないが。さんざんダサいことしてたし。

でも、過去の瞬間を切り取ったまま、その瞬間にこだわり続けるのは違うんだ。
「あっち側」をいろいろと探究してみたけど、結局回りまわっても、答えはこの世の自分にしか出せないのだと悟り。
違う、違う、と探し続けた自分にとっての救いとは、青い鳥のようなものだったし。

人と比べても仕方がなかった。誰かになんかなれる訳もなかった。
ただ、ここで生きていく。
目の前のことに、全力で生きていく。

私は幸せだったから。
私にしか私の人生は歩めないことを、当たり前のことを、今までよりもっと深いところで掴みなおして。

そうして、誰かの心に残ればそれでいい。
その生き方が、最後に誰かのことを助けるのであれば、それでいい。

ありがとう。

泥まみれになっても、カッコ悪くても、最後にはちゃんとカッコ良くなれるように。
自分の中の神話を起こせるようにしていきたい。
そうして最後、死んでいく。
それでいい。

ありがとう。ここまで導いてくれて。

ここまで来るのにずいぶん長くかかったけど、でもこれでいい。
ここからだから。

いろいろと伏線が繋がっていた。

2016 - 04/12 [Tue] - 10:53

 最近、いろいろと腑に落ちることが多いです。

 なぜ、あの時こうだったんだろう……と。
 あちらの人々を知覚してみて、ええー、なんで!?と思ったことがいくつかあるんです。
 おかしいなぁ……自分はちゃんと知覚できてないのかなぁ……と思うような場面も。

 例えば、南九州旅行にサークルのみんなと大学一年目の夏休みに行ったのですが。
 その時いくつか神社に行きました。
 ただ、何か感じれないかなぁと思ってみても、「・・・・・・」と、反応なしとか、
 なんか、怒ってる……!?とか、そんな感じだったのです。
 今から思えば「・・・」は沈黙というか、あんまり、関わりたくない。という感じだったのかなと思うんですが。

 当時の私の心境としては「ええー、なんで!?」です。

 今の私の心境としては、「その節は本当にスミマセン…」です。

 去年の夏を過ぎたころからかな?
 特に今年に入ってから、ああなるほどなぁと納得できる情報に多く出会うようになってきました。

 別に視間違いだったのではなくて。
 単に私に常識がなく、『やらかしていた』だけだったということが分かりました。

 ちなみに『やらかしていた』その時、守護霊さんはすぐには答えを教えてくれはしなかったんですが。
 いや教えてくれていたかもしれません。私が気が付かなかっただけで。
 一週回った頃になって、まぁ、遅まきながら気が付いたと、そういう話です。

 で、先ほどの神社巡りであんまり反応がなかった、とか、怒られた、とかいう真相は。



 『赤不浄』でした……orz (そら嫌がられるわ。。。)



 全く神社参拝に興味もなければ、神道での参拝マナーに関する知識もなかったしで。
 怒られても意味が分からず、ええー!なんで!?だったのですが。
 今は「そらな。そらそうやろ! アホか!」という感じです。

 いや、無知は罪だわ。怖い。

 神域に平気で穢れを持ち込んでたんですから、そりゃ、怒られるって。何やってんだ……。
 何もなく、なかったことにされるだけ、まだ、良かったって。


 また同じ場所を訪れることがあるなら、まず、あの時の非礼をお詫びしたいなぁ。と思います。




 で、神社参拝、今はちょっと興味が出てきています。
 というのは、まぁ、神域での過ごし方について、ブログで勉強させていただいたから、というのもあります。

 ひっそりとスピリチュアルしています 桜井識子さん

 この人のブログを読んでいました。

 いろいろ読んでいて楽しいです。

 介護関係の仕事をされている方のようで、認知症のお年寄りの方ともうまくお付き合いをされていて、
書いていらっしゃる日常の記事には、そういった方と会話する時の何気ないコツとか、ノウハウが満載です。
 私自身母がちょっとそういう感じになっているので、後学のためにも良いなぁと思いながら読み込んでいました。
 日々ほのぼのと、暖かく過ごされている方だと思います。

 祖父母が霊能者として活躍なされていたことから、小さい時からのエピソードや対応談等、実話中心。神社関係はそこんとこ、どーなの!?という、現実に即した実際のところが分かって良いなぁ、という感想です。
 何より語り口が私に合うみたいで、特にひっかかりもなく読めました。

 本も出されている(すごい)ので、一冊買いたいなと思ってます。いや買おう(即決)


 私自身、神社参拝って、何がそんなにすごいん? そんな一生懸命拝んで何になるの? と、半目で見ていた節があったんですが。
 このブログを読んでいて、自分のそういえば・・・な実体験がいくつかあり、腑に落ちた部分も多かったです。
 ああ、だからか。って。
 心に響いて納得するまで、人は動かないモノなんだな、と自分の行動を顧みて痛感しているところです。

 なので、今年は、そういう日本の神様たちと向き合う年になりそうな予感がしています。
 まぁ、大学四年なので、他にもいろいろあるんですが……。

 日々のこともなんやかやとこなしつつ、こういう信仰と祈りに守られた国で生まれたってことを大事にして、毎日生きていけたらいいなぁと思いますね。

 今は、友達や仲間との、笑いあり涙ありの日々が楽しくて、愛おしくてしょうがない。

 五年前からちょっとは成長できたんじゃないかな。
 見守ってくれてるみんな。いつもありがとう。



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おーひーさーしーでーす

2016 - 04/12 [Tue] - 09:43

一年以上何も書いていないかと思ったら、細々といろいろ書いていたのだね。
すっかり記憶喪失になっていたわ。

久々にスピーなお話でもしようかな。

もしかしてだけど~(^^♪って話です

(たぶんメインガイドな)うちのアスワさんのお話しですよ。


さて、突然ですが。
私は誕生日が十二月の初めなのです。

で、ですね

アスワの存在を感じるようになってからというものの、もう四年か五年ぐらいになりますが。
毎年この人は、私の誕生日前後になると、一週間どこぞへ出かけていってしまうという
謎行動をしているんですね。

「えぇ、また出かけるの!? 今度は何!?」
「会議だよ、会議。毎年集まって情報交換。一週間ぐらいだな」

二年か三年ぐらいは、こんな会話をしていました。
そして、三年目になって、気が付きます。

あれ……そういえばこれ、毎年、同じ時期に出かけて、毎年なんだかんだで三日か四日ぐらいで帰ってるよねぇ……って。

で、マメに様子を見にちらっと戻ってきたりしつつ、
私の守護霊さんは会議をこなしているようなのですが。

この謎の会議って、なんで毎年、私の誕生日前後なんて微妙な時期にあるんだろう……と、一週間とはいえいない心細さからずっと考えてて。

四年目の去年から今年にかけてですか。
ふとした興味から、日本神話関係の知識についていろいろブログを読みふけっていたところ、
あれ……?と。
中国の旧正月のニュースを聞いたり、桃の節句を三月と四月の二回やったりと、一年の太陰暦と太陽暦のズレを意識しているうちに、ふと気が付きます。


十一月の終わりから十二月の初めにかけて。

十一月は日本の古い言い方では霜月。十二月が師走。

旧暦は確か、一ヶ月ほど現在の太陽暦に遅れてやってきます。

ということは?

十一月の終わりは、


旧暦の十月……

『神無月』。


世の神様がひとところ、『出雲』に集まると言われている時期です。

じゃあ実際に出雲で神様が出てきて、やんや やんやするのって、いつ?となったのです。



以下ちょっと引用なんですが。


======「知って得する!お役立ちCLIP」
『出雲大社の神在月!2015年の神事の日程は?』
http://macckey.com/archives/337.html
より一部引用=====

カレンダーでは10月が神無月とされています。だからその時10月が、出雲では神在月よね?・・って思いがちですが・・・

いえいえ、違うんです。


そもそも昔から「旧暦10月10日から17日に全国から八百万の神様がいらっしゃる」と考えられています。神在月や出雲大社の神在月神事も当然「旧暦」で行われます。ここにちょっと混乱が起きます。

「旧暦10月」は厳密にいつからいつまでとは言えませんが、今のカレンダーで言うと概ね11月の下旬から12月にかけてです。

冬至や夏至が年によって変わるように、神事がある「旧暦10月10日から17日」もその年によって微妙に変わります。2015年の出雲大社の神在月神事は11月21日(土)~28日(土)と発表されています。

======引用ここまで=====

……。
長さといい、時期といい、
過去三年さかのぼったけど、
記憶している日にちとぴったしだった(びっくりーーーーー)

八百万の神様って、守護霊も含まれるのか。
意外です。

この時縁結びもするそうなので、まぁ納得。


でも、なんで毎年三日とか四日でさっさと終わらせて帰ってくるのか?

曰く。

一番重要な会議はだいたい半分ほどきたら終わってる。
あとは『やんや やんや』だと。


ああ……(察し)

なるほど……?


出雲大社のHPによれば、この期間、人サイドは努めて静かに、静かにしているらしいのですが。

でも神様たちのことだから、宴会というより、こう、御膳を並べて雅にしてるのかもしれないですね。




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プロフィール

ふゆ

Author:ふゆ
 大阪在住。スピに首を突っ込んだら、いつの間にか古神道あたりの鳥居か何かをくぐって現実にダイナミック着地した。
 基本のんべんだらりと過ごしつつ、日々の気付きや自分のこととかを書いたり。

 前はヘミシンクをしていた。自分フィルターかかりまくりなものの、その後なんだかんだで守護霊らしき人々との目に見えぬ交流はほそぼそと続いている。


since 2012.09.28.

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